−第14回−文化財 仏像のよこがお「シンボルとしての牛馬童子像」

世界遺産に登録される熊野古道の箸折峠(はしおりとうげ、田辺市中辺路町)に不思議な姿の石像が安置されています。総高55cm、頭巾をかぶった高位の修験者が、並んだ牛と馬に同時にまたがる姿で、それぞれ表情は愛らしく、熊野古道のシンボル的存在となっています。

そばには花山法皇(968~1008年)が経典を埋めたと伝わる宝篋印塔(ほうきょういんとう、県指定史跡)があり、本像もまた花山法皇の熊野参詣の様子を表したものと広く語られています。隣りに建つ役行者(えんのぎょうじゃ)の石像に「明治24年」(1891年)の銘記があり、本像もその頃の作とされていますが、製作にまつわる明確な由緒は知られず、謎の多い像です。

4年前、職場に届いた『紀南・地名と風土研究会会報』第56号を見て驚きました。堀敏実「紀南の石仏 落ち穂ひろい」という報告で、牛馬童子像の作者は、明治時代に旧中辺路町で活動した石工・丹田清吉で、清吉の生家の庭によく似た風貌の石仏が残る他、周辺地域にも清吉の作例が分布しているというのです。牛馬童子像が明治時代の作であることがこれで確実になりました。無名の石工の足跡を地道にたどった研究に頭が下がります。

この牛馬童子像に悲劇が及んだのは、2008(平成20)年6月18日。何者かによって本像の頭部が折り取られたのです。市職員や住人200人が山中を捜しても見つからず、同年10月に復元されましたが、2010(平成22)年8月16日、現地から約10km離れた田辺市鮎川のバス停ベンチに、失われた頭部が置かれているのを、地元の中学生が発見しました。

犯人は見つかっておらず、動機も不明ですが、広範囲に及ぶ世界遺産の中で、こうした路傍の文化財をどのように守ればよいのか、極めて難しい問題が喉元に突き付けられています。牛馬童子像を、世界遺産や文化財を犯罪から防ぐためのシンボルとしても位置付け、警鐘を鳴らしていく必要があるでしょう。
(県立博物館主任学芸員・大河内智之)

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