−第33回−文化財 仏像のよこがお「村のシンボルとしての仏像」

阿弥陀寺 薬師如来坐像

阿弥陀寺 薬師如来坐像

かつらぎ町教良寺(きょうらじ)地区は、高野山鎮守の丹生都比売(にうつひめ)神社がある天野地区に隣接し、地区内には高野山上に至る世界遺産の町石道が通ります。かつて弘法大師入定の旧暦3月21日に行われる御影供(みえく)の日に、山に登る参詣者に飲食の接待を行った接待場が道沿いに残ります。

集落の中心には八幡神社があり、隣には集会所を兼ねた阿弥陀寺が建っています。その堂内壇上の中央に安置されるのは、像高53・4㌢の薬師如来坐(ざ)像です。整然と並んだ粒の小さな螺髪(らほつ)や、伏し目がちで頬の丸い穏やかな頭部、肩の丸いふくよかな体型、緊張を解いた座り姿、浅く流麗な衣文などの特徴から、平安時代後期、12世紀に造像されたものと分かります。

不思議なのは、阿弥陀寺という寺名であるにも関わらず、本尊の阿弥陀如来立像を差し置いて、この薬師如来坐像が壇上の一番目立つ所にまつられているということです。どんな事情があるのでしょうか。

区有の膨大な古文書の中から「明治四年社寺明細書上帳」を見つけ、かつて八幡神社の境内に薬師堂があったことを突き止めました。その後、明治政府の神仏分離政策によって薬師堂は撤去され、仏像は阿弥陀寺に移されたとみられます。

教良寺村の薬師堂と薬師如来坐像については、高野山文書の嘉暦4(1329)年「僧西忍田地売券」(『又続宝簡集』)に「教良寺薬師仏」、そして観応3(1352)年「教良寺村人等田地売券」(『続宝簡集』)に「教良寺薬師堂」とあるのを見つけました。両文書の内容は、薬師堂や薬師仏に寄進された土地を村人らが売買しているもので、薬師堂が早くから村人の自治によって管理される「村堂」であったことが理解されました。

つまり、この薬師如来坐像は、村人の象徴的な結束の場に安置されたシンボルというべき仏像だったのです。その安置のあり方にも、人々のかつての記憶が引き継がれているのです。

(和歌山県立博物館アドバイザー・奈良大学准教授・大河内智之)

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