−第60回−文化財 仏像のよこがお「熊野速玉大社の熊野速玉大神坐像」

国宝 熊野速玉大神坐像

国宝 熊野速玉大神坐像

 紀伊半島の南東部、熊野地方に本宮・新宮・那智山からなる聖地熊野三山があります。今年、世界遺産登録20周年を迎えた熊野三山のうち、熊野川河口部に神域を持つのが新宮・熊野速玉大社です。熊野速玉大社と熊野川の間は現在、堤防で区切られていますが、かつて社域は直接河原に接しており、信仰の場の成立が川を祭る信仰とも密接に結びついていることがうかがえます。

同社例大祭の御船祭は、船みこしが熊野川の中島である御船島を巡幸するとともに、同島の周囲を九艘(そう)の早舟が競漕(きょうそう)するもので、川は重要な祭礼の場となっています。社名であり主祭神名である「速玉」の名の由来には諸説ありますが、水量豊富な熊野川の速い流れと水面に跳ねる水滴のきらめきを思い起こさせるものです。

同社には平安時代前期の国宝神像4軀(く)が伝来します。今回は熊野速玉大神坐像に注目します。像高101・2センチの等身大の大きさで、針葉樹の一材から像の大半を彫り出しています。頭上には唐草文を表した円筒形の宝冠を着け、眉を寄せ、目を大きく見開き、長い顎ひげを蓄えた威厳のある表情をしています。袍(ほう=上衣)と表袴(うえのはかま)をまとい、両手は腹前で袖の中に手を入れて組み、両膝をそろえ、正座のような座り方を見せています。

堂々とした姿勢、重量感ある体型など、9世紀末~10世紀初めごろの作風を示していますが、造像の契機として注目されるのが、907(延喜7)年に速玉神に従一位が授けられ(『日本紀略』)、直後に宇多法皇が熊野へ行幸したことです(『扶桑略記』)。本像の優れた出来栄えからも、宇多法皇による新宮への参詣を機に、朝廷より寄進された像の可能性が高いといえます。仏像表現に類する宝冠は、熊野の神々の仏教化を意図したものかもしれません。本像以後、宝冠は速玉神の図像的特徴として引き継がれ、熊野神の仏教化(法華経信仰との接近)も急速に進むことになります。

理想的な神の姿の造形化が成し遂げられる時期の記念碑的な大作は、熊野と王権・朝廷の密接な関わりの中で作られ、1100年の時を熊野川とともにあり続けたのです。和歌山県立博物館で開催される特別展「聖地巡礼―熊野と高野―第Ⅳ期 熊野信仰の美と荘厳」で12月7日(土)から公開されます。
(奈良大学准教授・大河内智之)

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