−第32回−文化財 仏像のよこがお「小さな胎内仏が伝える信仰史」

有田川町の歓喜寺は、京都・高山寺を開いた高僧・明恵(1173~1232)ゆかりの寺です。明恵没後の建長年間(1249~1256)の初めごろ、弟子であった喜海が願主となって、その生誕地に創建されました。その後、戦国時代の末頃に浄土宗に転宗し、恵信僧都(えしんそうず)源信の建立とする縁起が新たに作られ、あつい阿弥陀信仰の寺として法灯が受け継がれてきました。近年、本来の創建時の状況を伝える仏像が、新たに見いだされました。

それは像高わずか3.3cmの極小の地蔵菩薩坐(ざ)像です。台座と光背を伴い、小さな厨子(ずし)の中に安置され、金襴(らん)の袋に入れて木箱に収められていました。像表面には極めて細い截金(きりかね)の文様が施され、その高い技術水準に驚かされます。整って若々しい風貌や、引き締まって緩みのない体型など、鎌倉時代前期、13世紀前半ごろの慶派仏師の作と見られます。

この地蔵菩薩坐像は長い間、歓喜寺村の住民の間を、家から家に持ち回りで保管されてきました。「歓喜寺什宝物由緒書写」という史料によれば、1664(寛文4)年、地蔵講で村中の人が寄り合って寺の掃除をしていたところ、別の地蔵菩薩坐像(平安時代・重要文化財)の像内から発見され、以後村の宝として大切にされてきたというのです。

仏像の像内に納められた仏像のことを「胎内仏」と呼びます。焼けたり、壊れたりした旧像を納める事例や、個人が身近にまつった念持仏を納める事例などがあります。歓喜寺創建の際、明恵のいとこの湯浅宗氏が喜海を支援したことが知られます(『高山寺縁起』)。武士による地蔵信仰の存在や、湯浅氏周辺で慶派仏師が多用されていることを考えると、本像は湯浅宗氏の念持仏であった可能性が高いものと考えられます。

村人の手から手へ、350年間大切に守り伝えられた仏像は、その小さな体に武士の祈りと歓喜寺の成り立ちの歴史をも背負って、重層的な信仰の営みを今日に伝えてきたのです。

(和歌山県立博物館アドバイザー・奈良大学准教授・大河内智之)

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