−第63回−文化財 仏像のよこがお「 本宮護摩堂本尊図像の伝播」

不動明王坐像(個人蔵)

不動明王坐像(個人蔵)

 前回(本紙2025年2月1日号)、田辺市本宮町湯峯の東光寺に伝来する1463(寛正4)年造像の不動明王坐(ざ)像が、もとは本宮(熊野本宮大社)境内にあった護摩堂の本尊像だった可能性が高いことを紹介しました。この不動明王坐像と細部の形状まで一致するよく似た仏像が、那智勝浦町色川を出身とする旧家に伝わっていることが、近年の調査で分かりました。

那智山西方の深い山中にある色川は、急斜面に形成された棚田が美しい別天地のような土地です。近年移住者が増えていることでも注目されています(地域人口300人の半数)。

当地では、平家落人伝承が残るなど独自の文化圏が構築されてきました。また、那智山と本宮を結ぶ大雲鳥越えの道にも近く、広範な文化や文物が伝播した地でもあります。ここを拠点とした色川氏は、山中にありながら水軍領主(熊野水軍)の一面も持つことで知られ、中世には那智山の御師職(参詣者を統率し世話を行う権利)を有する者もあり、熊野信仰と深いつながりを持ってきました。

不動明王坐像は、色川氏の一族で、江戸時代に色川組大庄屋を務めた旧家の仏壇に、守護仏として伝えられてきました。像高19・9㌢、頭髪は大きな巻貝状で、眉を寄せて両目を見開き、右手は肘を外に張りだして剣を持ち、左手は手先を外に振って羂索(けんさく=人々を救済するための縄)を手にしています。怒りの表情は明快で、厚みのある体型や膝の張り出しの大きい安定感ある姿は、小像らしからぬスケール感で堂々としています。

調査の際、すぐに本宮護摩堂伝来の東光寺不動明王坐像とよく似ていることに気づきました。巻貝のような大きい髪束、襟足にたなびく、とがった後ろ髪、両目を開き上歯と上牙を見せる面相、肘を張り出した腕の構え、条帛(じょうはく=細長い布)が左肩を覆う形、両脚部の角張った衣のしわの形、裳(も=布)先部の形など、細部の形状が一致しているのです。本像の制作に際して、本宮護摩堂本尊像の姿が写されているとみられます。

熊野本宮は大峯奥駆道(おおみねおくがけみち)の出発点であり、かつて修験者たちは本宮護摩堂本尊を拝み、そして山中に分け入っていきました。「写し」の作例が見つかったことで、熊野修験において、本宮護摩堂本尊像の姿が霊験あらたかな権威ある根本像として機能していた可能性が浮上しました。

室町時代に熊野三山を統括した聖護院にも類似する作例を確認できています。類例はまだ見つかるでしょう。個人宅の小像は、熊野信仰の歴史の扉の一つを開く重要な鍵であったのです。
(奈良大学准教授・大河内智之)

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