−第65回−文化財 仏像のよこがお「熊野那智大社の熊野十二所権現像」

男神としてつくられた熊野那智大社夫須美大神坐像

 那智勝浦町の那智山は、落差133メートルの那智滝をシンボルとし、山中に熊野那智大社と那智山青岸渡寺が建ち並ぶ神仏習合の聖地景観が今に継承されています。古来人々は、那智滝に神(飛瀧権現・ひろうごんげん)と仏(千手観音)を重ね合わせ、都の南方に位置する当地を観音の住む補陀洛山(ふだらくさん)にも重ねて信仰してきました。

熊野那智大社の社殿には熊野十二所権現という多数の神々がまつられています。その神像が神社に伝来していることが明らかとなったのは、熊野三山が「紀伊山地の霊場と参詣道」として世界遺産登録された2004(平成16)年のことです。これらは束帯姿の男神坐(ざ)像14躯(く)と唐装の童子形神立像1躯の計15躯からなります。それぞれ40㌢ほどの大きさで、彫刻の材料としては珍しい榎(エノキ)が用いられています。

各像に墨書があり、その中には仏師名として「なら下のミかと宗貞法印作也」、「宗印」、「良召一門」、「なら北室甚五郎」が確認できます。彼らは桃山時代に奈良町の下御門町に工房を構えていた下御門仏師の一門で、宗貞・宗印・良召は兄弟、北室甚五郎も親類でしょう。下御門仏師は、戦国時代の奈良で活動した宿院仏師の一門を出自とし、桃山時代になると大和国を領した豊臣秀長に重用され、豊臣秀吉発願による京都・東山大仏(通称方広寺大仏)の造像に携わりました。秀長を願主として進められた那智山復興造営に彼らが用いられたのは当然です。

この神像群には不思議な点があります。熊野那智大社の主祭神である夫須美大神は女神なのですが、群像中に女神像が含まれません。全体としても伝統的な熊野の神々の図像的特徴は見られず、どうやら仏師に正確な情報が伝わっていないようです。また、神像の中にはかなり大きな干割れが発生しているものがあり、部材の乾燥も十分でなかったと見られます。

1587(天正15)年から開始された那智山復興造営は、その途中の1591(天正19)年1月に秀長が死去し、子・秀保の家臣団が引き継ぎました。翌年4月の朝鮮出兵(文禄の役)へと突入していく急転的な政治状況下で、造営事業も大急ぎで進められた可能性があります。神像に見られる不思議な特徴は、もしかするとそうした造営の状況を反映しているのかもしれません。
(奈良大学教授・大河内智之)

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