−第78回−文化財 仏像のよこがお「林ヶ峰観音寺 菩薩形坐像」
- 2026/5/28
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林ヶ峰観音寺 菩薩形坐像
山間に伝わった9世紀密教彫像
葛城山系の山懐に抱かれた紀の川市平野林ヶ峰(はいがみね)地区は、紀の川を遠くに見下ろし、高野山へと連なる峰々を仰ぐ絶景の地です。集落内に建つ林ヶ峰観音寺は集会所を兼ねた村堂で、折々の行事や寄り合いの場として日々の暮らしに密着した信仰の場です。
2012(平成24)年、この林ヶ峰観音寺を訪ねて仏像調査を行ったときに、堂内の片隅から驚くべき仏像を見いだすことができました。総高25・9センチの小さな菩薩形坐像(ぼさつぎょうざぞう)で、蓮肉部(れんにくぶ=仏像の台座の蓮の中央部)を含めた像の全てをヒノキの一材から彫り出して、一部に金箔(きんぱく)が残っていました。左手の肘から先と右手先が失われ、どのような菩薩であるのかは明確ではありません。
高く太く結い上げた髻(もとどり)と四角張ったふくよかな輪郭、切れ長の目と小ぶりな唇による厳かな表情、引き締まった体型などの特徴は、京都府・安祥寺五智如来坐像のうち大日如来坐像など、9世紀半ばごろの密教彫像に見られる表現で、本像もそのころに作られたと判断されます。
台座の背面側が平滑に削り落とされており、元は別の仏像の光背に取り付けられた化仏(けぶつ)であったと推測されます。その後の調査で、和泉市・施福寺にも大きさや作風が一致する一体が伝わっていることを把握することができました。
空海が唐で学び、最新の体系を日本に伝えた密教では、仏の姿を具体的にイメージするために数多くの仏の姿とその世界観を表した曼荼羅(まんだら)が描かれ、用いられます。本像の髻の根元に取り付けられた珍しい銅製装飾や、冠に取り付けたリボン(冠繒・かんぞう)を背面に垂らす表現、首に掛かる真円形の胸飾の意匠などは、曼荼羅図像に顕著にみられるものです。空海が伝えた密教が日本に定着する初期において、仏の真の姿を示す曼荼羅の図像を忠実に立体化した状況を、具体的に示してくれる重要資料といえます。
優れた出来栄えの9世紀密教彫像が、一具同作とみられる施福寺像も含め、元はどこに安置されていたのかは不明です。ただ、高野山や観心寺など、空海とその弟子が直接関わった重要な密教寺院であったことは間違いありません。さらなる関連作例の把握に努めたいと思います。
(奈良大学教授・大河内智之)
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