−第75回−文化財 仏像のよこがお「盗まれた仏像のゆくえ④」

華藏寺釈迦如来坐像

 仏像盗難被害の深刻さは、物的被害にとどまらず、大きな精神的被害をも伴うことにあります。大切な信仰対象を失ってしまったことへの衝撃と、被害品を取り戻すことができない喪失感は大きく、たとえ取り戻すことができた場合でも像自体が大きな破損や汚損を負っていることもあります。

前回(2月7日発行号)紹介した白浜町梵音寺(ぼんおんじ)の盗難被害と同時期に、本宮町の華藏寺(けぞうじ)でも本尊像の盗難被害が発生していました。2019(平成31)年3月20日、本尊の釈迦如来坐(ざ)像など5体の仏像が盗まれたのです。

釈迦如来坐(ざ)像は像高41・5㌢の小ぶりの仏像で、唐様(からよう、中国の仏像風)の着衣や衣文表現などは、南北朝時代から室町時代前期ごろの特徴を示しています。台座の底に銘文があり、そこには1712(正徳2)年に京都の仏師宗運によって修理が行われたこととともに「応永廿八年初製/釈迦如来坐像」と記されており、本像が1412(応永28)年に制作されたという情報を伝えています。おそらく修理の時に像内の銘文が確認され、新たにあつらえた台座にその情報を書き留めたのでしょう。

先の梵音寺本尊像を盗んだ犯人が8月6日に逮捕されたのち、自宅から華藏寺釈迦如来坐像も見つかり(他の4体は行方不明のまま)、9月7日には仏像が新宮警察署から寺に返却されました。ただ台座の銘文が見当たらないとのことで、住職の了解を得て確認調査を行いました。そのときの衝撃は今も忘れられません。台座底面に記されていた銘文は一つ残らず削られてしまっていました。転売時に足がつかないようにするためという利己的な目的で、犯人はこの世から歴史の痕跡を永遠に抹消したのです。

仏像や文化財窃盗の卑劣さは、信仰と歴史への敬意をみじんも持たず、守ってきた人々の尊厳を踏みにじるところにあります。絶対に盗まれてはいけません。
(奈良大学教授・大河内智之)

被害前後の台座底部の状況

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