−第74回−文化財 仏像のよこがお「盗まれた仏像のゆくえ③」

梵音寺の宝冠釈迦如来坐像

梵音寺の宝冠釈迦如来坐像

 今年に入ってから、和歌山県内で仏像の盗難被害情報が聞こえてきています。今回のコラムも、これまでの盗難被害仏像の事例を紹介し、被害の拡大を防ぐための啓発とします。

2019(平成31)年2月16日、日置川の河口部にほど近い白浜町大古の梵音寺(ぼんおんじ)で、本尊の宝冠釈迦如来坐(ざ)像が盗まれていることが分かりました。像高48・4㌢、南北朝時代の院派仏師により造像されたもので、このころ日置川下流域を支配した安宅氏が、院派仏師を重用した足利氏と深く関わっていたことを示す、地域の歴史を伝える大切な仏像です。

警察に被害届が出され、私も同日に把握して町教育委員会の担当者と協議し、県教育委員会を通じて国や都道府県、県内の市町村や古物市場に被害情報を通知することで、盗品流通の阻止を図りました。また、地元紙の紀伊民報でも報道され、紙面とウェブ上で被害が周知されました。

3月25日、由良町の山中、廃業したレストランの駐車場に新聞で見た仏像が放置されていると通報があり、確保されました。本体と台座、光背の全てが残り、目立った破損はありませんでしたが、表面にはべたつく液体が大量にかけられていました。東京文化財研究所に分析を依頼したところ、高級アルコール系界面活性剤、いわゆる食器用洗剤と判明しました。犯人は指紋などの痕跡(こんせき)を消そうと仏像を洗剤まみれにしたのです。8月8日、犯人2人が逮捕されました。1人は古美術商、もう1人は窃盗の常習者で、和歌山県南部から三重県南部で犯行を繰り返していました。

梵音寺像は、転売を試みたものの被害が周知されたことで売ることができず放棄されたのです。仏像は洗剤のアルカリ成分で表面の金箔(ぱく)の接着が緩み、しわや剥落が生じていましたが、修理仏師の地道な作業でなんとか除去し、これ以上の劣化を防ぎました。

泥棒は仏像の尊厳を毀損(きそん)します。絶対に盗まれてはいけません。それでも盗難被害が起こったときは、警察の捜査とともに、広く情報を周知することで取り戻せる可能性が高まります。行政やマスコミの発信を拡散することもまた、当事者性のある行動です。みんなで文化財を守りましょう。
(奈良大学教授・大河内智之)

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